2026年7月13日月曜日

コミュニティ演習2026第13回!

みなさんこんにちは! 7月13日のコミュニティ演習では『今、私たちが伝えたい「吉祥寺の記憶」』と題し、2026年度コミュニティ演習成果報告会を開催しました。

会場となった11号館のプレゼンテーションエリアには私たちの想像を上回る多くの方々にお越しいただき、とても嬉しく思いました。

撮影:成蹊学園広報グループ

そしていよいよ報告会のスタートです! まずは見城先生から、今年度の授業テーマや、これまでのコミュニティ演習とのつながりについてご説明いただきました。今年度の授業で取り組んできた内容や活動の様子を振り返りながら、今回の報告会の意義をお話ししてくださいました。

続いて履修生による発表です。
・五日市街道と中央線
・商店街の変化:ハーモニカ横丁と平和通り
・商店街の変化:サンロードとダイヤ街 
・旧近鉄裏の環境浄化と放置自転車問題 
・吉祥寺駅周辺の再開発について 
5人の履修生がこれらの5つのテーマを分担し、学んだ内容について報告しました。
写真やインタビューの内容をふんだんに使用し、吉祥寺の歴史や、人々の思い出・記憶を発表しました。

撮影:成蹊学園広報グループ

そして最後に「地域の記憶の伝承者とは」というタイトルで見城先生がコミュニティ演習のまとめをしてくださいました。 その後は、質疑応答を行い、私たち一人一人が挨拶をして、2026年度コミュニティ演習成果報告会『今、私たちが伝えたい「吉祥寺の記憶」』が幕を閉じました。

終了後は吉テレ(吉祥寺テレビジョン)さんや成蹊大学の広報の方々からインタビューを受けました。この授業や吉祥寺に対する思いを改めて言葉にすることで、この授業で学んだことや地域への愛着をさらに実感することができました。 (ゾウのテレ吉くんがとても可愛かったです🫶) 

今回の報告会では、インタビューにご協力くださった皆さまをはじめ、地域の方々や先生方など、多くの方にご来場いただきました。報告会終了後には地域の方とお話しする機会もあり、発表内容に関連した新たな情報や思い出を教えていただくことができました。そのお話を通して、吉祥寺にはまだまだ語り継がれるべき記憶が数多く残されていることを実感し、もっと深く吉祥寺について学びたいという気持ちが強くなりました。

撮影:成蹊学園広報グループ

 報告会の中で、私は履修生の1人が話していた「人が人に伝え、そして人が人に伝えていく」という言葉がとても印象的でした。まさに今年度のテーマである「街の記憶の伝承者になる」ということを体現できた成果報告会になったと感じます。 この授業を通して、5人の履修生が吉祥寺を知り、愛着を持ち、歴史や思い出を伝える「伝承者」の一員になることができたのではないでしょうか。今回の成果報告会を通して私達自身も伝承者であるという自覚をもち、これからも吉祥寺の魅力や記憶を伝え続けていきたいと思います。

そして、この報告会をきっかけに、一人でも多くの人が自分のまちに愛着を持ち、その歴史や思い出を次の世代へ伝える「伝承者」となってくれることを願っています。

 報告会を見に来てくださった方、ここまで読んでくださった方、皆様本当にありがとうございました!🙇‍♀️ 

おまけ 報告会後には先生と履修生全員で打ち上げに行きました! 授業で楽しかったことや大変だったこと、報告会を終えた感想など、これまでのさまざまな思い出を振り返りながら、とても楽しい時間を過ごしました。(^o^) 

文責:のんびりラッコ

2026年7月6日月曜日

コミュニティ演習2026第12回!

 7月6日のコミュニティ演習では、来週の発表に向けて、軽くリハーサルを行いました。今回は、実際に発表を行う11号館のプレゼンテーションエリアへ行き、大きなモニターにスライドを映しながら、本番を意識して発表の流れを確認しました。普段の教室とは違う場所で行ったことで、少し緊張感もありましたが、本番に近い雰囲気を体験することができ、とても良い練習になりました。

11号館の建物

また、練習ではピンマイクも使用しました。ピンマイクを付けて話すのは初めてだったので、少し不思議な感覚もありましたが、本格的な発表に近づいている実感がわきました。履修生たちもワクワクした様子で、来週の発表がより楽しみになっているように感じました。

プレゼンテーションエリアの様子

今回のリハーサルを通して、スライドの見え方や話すスピード、発表のつなぎ方など、実際にやってみないと分からない点にも気づくことができました。まだ内容をさらに詰められる部分もあるので、最後まで調整を重ねていきたいと思います。また、見に来てくださる方に少しでも楽しんでもらえるように、発表の仕方や見せ方にも工夫を加えていきたいです。私たちは5人という少ない人数の中で、協力しながら一生懸命スライドを作成してきました。来週の発表では、その成果をしっかり伝えられるように頑張ります。ぜひ多くの方に見に来ていただけたら嬉しいです。

文責:ぷいぷいモルモット

2026年6月29日月曜日

コミュニティ演習2026第11回!

 皆さんこんにちは、コミュニティ演習も今回の授業含めて残り3回となりました。授業が進むにつれて私たちの吉祥寺理解度も上がってきましたよ(^▽^)

本日も前回に続いてコミュニティ演習の成果報告会に向けて履修生と先生で話し合いました。先日決まった報告会の流れをもとに、それぞれで発表資料を作ってきたので、授業ではみんなで内容の修正や、資料の付け足しなどを行いました。

履修生が1週間で作ったパワーポイントのため、先生の助言を聞きながらその場で直していきました。履修生の中にはまだパワーポイントに不慣れな人、逆に得意な人がいて、今までの講義では見えなかった一面を知ることができました。基本的には、履修生それぞれが興味を惹かれたものや発表に来てくださる方に伝えたいことを盛り込んでいるため、とても面白い内容になっていると思います。

履修生と先生で話し合いをしている様子

また、今回発表資料を作っていく中で、来てくれた方々にどの様に吉祥寺の歴史や記憶について知ってもらうかを考えました。私たちは今までの約10回の講義を経て吉祥寺についてとても詳細なところまで知ることができました。しかし、重要な点や私たちが伝えたいことを2時間の報告会にすべて詰め込んでしまうと聞いている人に伝わりづらいかもしれず、資料をどのように作ったらよいか考えるのに苦労しました。

私はインタビューをした方々の話を活かし、来てくださった方たちにいかに楽しみながら発表を聞いていただくかを考えて資料を作りました。ただ歴史を話すだけではインターネットで調べるのと変わりませんが、インタビューに協力してくださった方たち個人の幼少期の思い出や記憶をたくさん入れ込むことで、来場者が「そんなこともあったのだ」と思えるように心がけています。「吉祥寺のことを深く知ることができた」と感じていただけるような満足度の高い報告会にしたいです(^▽^)

履修生が発表資料を作っている様子

最後までお読みいただきありがとうございました!来週はいよいよ成果報告会前最後の授業となり、全体の通しリハーサルを行う予定です。来てくださる皆さんに吉祥寺を好きになったと思ってもらえるようにさらにブラッシュアップしていきます!再来週の成果報告会をお楽しみに♪

文責:赤ちゃんコアラ

2026年6月22日月曜日

コミュニティ演習2026第10回!

 みなさんこんにちは!コミュニティ演習ブログをご覧いただきありがとうございます。

6/22(月)、コミュニティ演習第10回授業が行われました。

今回の授業では、前回までの授業で得た記録から、成果発表会に向けての内容構成と役割分担を決定しました。まず授業のテーマに基づいて「次世代に伝えたいこと」を各自が書き出して全体で共有し、出た意見をもとに発表をどのような構成にするのか議論しました。

話し合いの様子
話し合いは少し難航するところもありましたが、意見を出しあい、最終的にまとまりの
よい構成を作ることができました。

たくさんの意見が出ました!

少々タイトなスケジュールですが、よりよい発表にできるよう各自が担当個所の草稿作成に取り組んでいきます。ブログをご覧の皆様、ぜひ成果報告会にお越しください!

文責:うとうとシマエナガ

2026年6月15日月曜日

コミュニティ演習2026第9回!

 皆さんこんにちは。いよいよ梅雨本番へと突入し、毎日洗濯物を気にする季節がやってまいりました。梅雨明けが待ち遠しいですね。^^;

さて、6月15日にコミュニティ演習第9回が終了しました。この授業もいよいよ終盤に差し掛かってきております。今回の授業も前回に引き続き、吉祥寺をよく知る方々にお話を伺いました。今回のインタビューに協力していただいたのは、元武蔵野市長で衆議院議員も務めた土屋正忠さんと、清水商事株式会社の社長を務めていらっしゃる清水宏益さんです。

まずは土屋さんにお話を伺いました。土屋さんは昭和58年(1983年)から長年にわたり武蔵野市長を務められました。吉祥寺駅北口ロータリーの整備を始め、吉祥寺図書館建設やムーバスの導入など様々な政策を実行し、街の環境を整備された方です。今回は吉祥寺の街作りの歴史と旧近鉄裏の環境浄化について詳しくお話をしてくださいました。

昭和22年(1947年)に武蔵野町が武蔵野市となり、初代市長として荒井源吉氏が就任し、そこから土屋さんまで四代にわたる市長によって、吉祥寺の都市計画が達成されてきたことが分かりました。特に「再開発の種地」のお話が印象的で、吉祥寺駅周辺を再開発するにあたって中心部にあった学校の広大な土地(現在コピス吉祥寺がある場所)を買い、再開発のための「種」として使ったことなどを知ることができました。

土屋さんへのインタビューの様子

次に、清水さんに吉祥寺駅南口のお話を伺いました。現在丸井のある場所が、昔は清鳳閣という高級料亭だったというお話をうかがって驚きました。かつては井の頭線を三鷹駅方面に延伸する計画もあり、それが実現していれば吉祥寺と三鷹の関係が今と変わっていたかもしれないというお話もうかがい、一つの出来事で街の歴史は大きく変わるものなのだと実感した次第です。

清水さんへのインタビューの様子

お二人のお話にはこれまでインタビューさせていただいた方々のお話とはまた違った部分があり、新鮮でした。

土屋さん、清水さん、今回はお忙しい中貴重なお時間をいただきましてありがとうございました!

次回からは7月13日におこなう成果報告会に向けて、これまでうかがったお話や撮影した写真を資料にまとめていきます。

最後までお読みいただきありがとうございました!

文責:昭和好きのシロクマ

2026年6月8日月曜日

コミュニティ演習2026第8回!

 みなさんこんにちは!先日の梅雨入りによってジメジメした日が続きますが皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、6月8日にコミュニティ演習第8回の授業が行われました。

前回に引き続き今回も吉祥寺をよく知る方々へのインタビューを行いました!今回は玩具屋と喫茶店の近江屋の経営をなさっていた塚本真史さんと、和菓子屋さん(とらやかねこ)の経営をなさっていた金子和雄さんに、平和通りとサンロードの移り変わりのお話を伺いました。

まずは塚本さんに平和通りのお話を伺いました。

平和通りはもともと公園通りに向けて湾曲していたこと、都市計画で拡張され今は真っ直ぐ続いていることを学びました。以前は昔から続く店が道の両側に並んでいましたが、道路拡張工事後はビル等に変わってしまい、当時からあるお店で現在残っているのは3軒だそうです。

最も印象的だったのは、蓮乗寺、月窓寺、光専寺の3つのお寺が吉祥寺駅付近の土地の所有者だという点です。五日市街道から井の頭公園に向かって南北方向にまっすぐに土地を分割していることを地図と照らし合わせながら学びました。

続いて金子さんにサンロードのお話を伺いました。

実はサンロードのアーケードを外すと、昔の店舗がそのままの姿で見られるのだそうです!確かに、吉祥寺今昔写真集に掲載された昔の写真と比べてみると、今の店舗も同じ形であり、名残があるように感じました。このお話を聞いてアーケードを外したサンロードを見てみたくなりました☺︎

またかつて東京女子体育大学とそのグラウンドがあったあたりは、金子さんと塚本さんが子ども時代に遊んでいた場所だったそうです。地域ごとに子どものグループがあり、遊ぶ場所を分けていたそうですが、東京女子体育大学のグラウンドはグループに関係なく遊ぶ場所だったそうです。

ここのグループが現在では消防団として横の繋がりをもっています。このつながりによってまちの結束を強めています。

年代ごとの吉祥寺の地図を見ながら歴史を辿ります!

今回のお話の中には前回のインタビューで伺ったお話に関連する話題も出てきました。

線路が近く、柵もなかったため自由に出入りでき、遊んでいたこと。ハーモニカ横丁は現在のスーパーのようなものであったこと。生鮮食品の販売が特に盛んで子供の頃におつかいに行っていたことなどです。特にハーモニカ横丁の中にある卵屋さんの山本鶏卵店はみなさんにとって思い出深いお店でした。卵を注文すると店主の方が手際良く紙に包んでくれるそうです。このことを説明してくださる時はどの方も全く同じ手つきで包み方を教えてくださり、思い出や見ていた景色が同じであったことを強く感じました。

このように吉祥寺の中でも住んでいる場所や年齢が異なっていても思い出が共通していることに感動しました。これは大規模店舗を駅から離れた場所におき、昔ながらのお店をまちの中心におくというまち全体を潤すことを目指す吉祥寺式の都市設計が関係しているのだろうと考えました。

平和通り商店街
サンロードのアーケード
実は、吉祥寺は以前放置自転車の問題を抱えていたことがあります。この問題を解決するために行政は買い物の時間を考慮して2時間無料の駐輪場を設置しました。それにより店舗の前に置かれた自転車は無くなり、放置自転車の問題は解決したそうです。他にも集積所を設置し、荷さばきの問題を解決したという吉祥寺方式の共同集配送事業は全国でも注目される取り組みとなりました。

このように、何か問題が起こると
行政・住民がそれを解決しようと積極的に動くことが吉祥寺のまちを素敵で住みやすいまちにした所以であるとわかりました。

お2人のお話をうかがうことで、私たちが毎日見ている風景の様々な場所にお2人の思い出が詰まっていることを実感し、まちがより愛おしく感じるようになりました。

塚本さん、金子さん、お忙しい中貴重なお話を聞かせてくださり、ありがとうございました!

次回も引き続きインタビューを行います!

最後までお読みいただきありがとうございました🙇‍♀️

文責:のんびりラッコ

2026年6月1日月曜日

コミュニティ演習2026第7回!

 6月に入りコミュニティ演習の授業も折り返し地点になりました( ; ; )履修生全員仲良しなので、今から別れが惜しまれます。

今回から吉祥寺をよく知る方々へのインタビューが始まりました!今日は「吉祥寺今昔写真館委員会」の3人の方に、五日市街道や中央線の話からハーモニカ横丁、ダイヤ街周辺のことまで、幅広くお話をうかがうができました。

まずはじめに、須田富昭さんにお話をうかがいました。須田さんは吉祥寺についてとても詳しく、五日市街道や吉祥寺の長い歴史について教えてくださいました。五日市街道はもともと杉丸太を運搬するために使われていたそうで、須田さんの家業の運送業の大正時代の写真や、運搬にかかわる方々が使用していた「はっぴ」を紹介してくださったことがとても印象に残っています。

大正時代の写真

運送会社の人たちがきていたはっぴ

ほかにも、中央線の高架化前の、吉祥寺駅近くに踏切があった時代の話もうかがいました。当時の踏切を写真で見た際、私は今の中央線を思い浮かべながら、頻繁に電車が来て開かなかったのだろうと考えていました。しかし、須田さんによると、昔は中央線も本数が少なかったため、そこまで開かずの踏切ではなかったとのことです。それよりも、かつては吉祥寺駅で貨車の入れ替えがおこなわれており、作業がすべて手動のため、それが始まると30分ほど踏切があかなかったそうです。今では想像ができないことなのでとても驚きました。また、地上鉄道時代の事故の話もうかがいました。当時は線路沿いに柵などがなく、自由に人が入れる状態だったため、線路内での事故も多かったようです。

次に、小松由美さんにハーモニカ横丁についてのお話をうかがいました。現在ハーモニカ横丁には様々な居酒屋や服屋、魚屋などがあり、昔ながらのにぎやかさが感じられます。ハーモニカ横丁という名前は、狭い間口の商店が並ぶ様子がハーモニカの吹き口に似ていることから名づけられたそうです。

戦時中に更地になった吉祥寺駅周辺に戦後、闇市ができたのがハーモニカ横丁のはじまりです。昔は青果店などの商店が立ち並び、ショッピングエリアとして発展していたそうです。当時は朝に商品を卸し、一日で売り切るのが基本だったようで、夕方になるとお客さんたちがたくさんの野菜を持って帰ったそうです。「おまけ」も付けて商品を売りさばく粋な店員さんもいたそうで、当時のハーモニカ横丁の今とは違う賑わいが想像できました。戦後の闇市からはじまった商店等の変遷の歴史をうかがっていると、昔の色を残し、懐かしさを感じさせるハーモニカ横丁の魅力があらためて感じられました。

最後に、荒井弘美さんにダイヤ街についてのお話をうかがいました。現在パルコが建てられている土地に生まれ、ダイヤ街で育った荒井さんは、パルコの場所にかつてあった映画館の話や、子どものころハーモニカ横丁におつかいに行ったことなどを話してくださいました。かつて、個人経営のお店は一階がお店、二階が家族の住居、三階は従業員の住む場所といった作りが多く、従業員の方の食事も作るためにハーモニカ横丁で大量に食品を買う方が多かったそうです。こういった具体的な話をうかがっていると、吉祥寺の昔の姿が目の前に浮かんでくるようでした。

吉祥寺にはパルコやアトレ、コピス、ヨドバシカメラなど、大型商業施設が数多くあります。しかし、これらの大型商業施設はサンロードやダイヤ街、ハーモニカ横丁などを取り囲む形で建てられています。もしも街の中心に大型商業施設があったら来街者は皆そこに集まってしまいますが、吉祥寺では街の周辺に大型商業施設があることで小規模なお店と大型店がうまく共存できているそうです。私自身、吉祥寺駅近辺を歩くときは毎回サンロードやダイヤ街を散策します。吉祥寺で大型商業施設が幅を利かせているというイメージがなかったのにはそんな理由があるのだと納得しました。

今回話をうかがった方々は皆さん、昔の体験や街の歴史をよく覚えていて、私たちはとても驚きました。また皆さんのお話によって吉祥寺の歴史をたどることができたとともに、街が地域の特色を残しつつ変化していくためにはどうしたらよいのかといった問題意識ももつことができました。

私たちは日頃、デパートやショッピングセンターに行って手早く買い物を済ませようとしてしまいますが、吉祥寺を訪れると街の散策を楽しみながら買い物をしたいという気持ちになります。それは吉祥寺が伝統や歴史を残しつつ、新しいものも取り入れ、両立させてきたからなのではないのかと考えました。

皆さんの話をうかがった後に吉祥寺の街を歩いてみると、それまで気づかなかったいろいろなところに目が向くようになりました。ダイヤ街がチェリーナードとローズナードという2つの通りからできているという話を荒井さんからうかがったあとにダイヤ街を歩いていると、「ダイヤ街チェリーナード」という表示が自然と目に入ってきました。

目に入ったダイヤ街チェリーナードの表示

歴史を知るということは街に愛着をもつ機会であるということも知り、とても貴重なインタビューとなりました。今回は話に聞き入ってしまい、あまり写真を撮ることができませんでした(´;ω;`)

須田さん、荒井さん、小松さん、おいそがしい中お話を聞かせてくださり、ありがとうございました!

最後まで読んでくださりありがとうございました♪次回も引き続きインタビューをしていきます💪🏻

文責:赤ちゃんコアラ